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読書会 初日

毎年読書会は「どんな人が来てくれるだろうか?誰も来なかったりして・・・」と、期待と不安が入り混じる。
10時からだが7時には教室へ行き、いつもより念入りに掃除し、机を水ぶきし、
コーヒーを入れ、コーヒーが苦手な人用に緑茶も用意して、やって来る人を待つ。
初日は13人もの人が集まってくれた。ほどよい人数だ。数学者・岡潔の「情緒の教育」を読む。
初日は岡先生が不安に思い、それをどう立て直すかの提案を大ざっぱにまとめた
「六十年後の日本」と「「嬰児に学ぶ」を読んだ。
岡先生が世間にものを言い始めたのが1960年ころだから、「六十年後」とは、ほぼ今のことだ。
先生は世の風紀、そして人心の乱れを心配されていた。
『六十年後には国民の四割が廃人と言うことになり、国民のうち本当に頼れるのは
 とても三割はないと思うべきだろう。それで国がやっていけるものだろうか』
それを直すには教育しかないのだが、思い違いをしないようにとくぎを刺している。
『各人は自分の子と思っているが、正しくは大自然の子である。それを育てるのも大自然であって、
 人をしてそれを手伝わしめているのが教育なのである。それを思いあがって
 人造りとか人間形成だとかいって、まるで人造人間か何かのように、教育者の欲する通りの
 人が作れるように思っているらしいが、無知もはなはだしい。いや、無知無能であることすら
 知らないのではないか。教育は、生まれた子を、天分が損なわれないように
 育て上げるのが限度であって、それ以上に良くすることはできない。これに反して
 悪くする方ならいくらでも出来る。だから教育は恐ろしいのである。しかし、恐ろしいものだと
 よく知った上で謙虚に幼児に向かうならば、やはり教育は大切なことなのである』
先生が懸念された「酷寒の時代」は、残念ながら、教育においてはある程度当たってしまっている。
教育とは「知識を伝搬」するだけのもので、教師はそれを「効率よく」行うだけの人で、
それ以外のことは生徒に言ってもいけないし、触れてもいけないと、世は思っている。
「神の一言」で生徒を劇的に作り変えてしまうのが良い教師で、それが出来ない教師はクズだと・・・
もし、親の四割がそう思っているなら、確かに国民の四割が廃人だと言ってもいい。
もちろん私も若い頃は思いあがることもあったが、30年の教育経験から、
岡先生の言われることが本当だと、経験的に学んでしまった。
せめて生徒を悪くしないように、ほんの少しだけど、手伝いをするのが教育だと・・・
そういうことを少しでも親に伝えられればと、もう十数年この読書会をやっている。
本に目を落とすお父さん・お母さんは、面白いことに、幼児に戻った表情になる。
私はそんな様子を見るのも大好きだ。その表情で子に接すれば、何かがよくなるかもしれない。
すぐに話は脱線し、笑いながら読み進める。あと3回、そんな読書会を続けよう。

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