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Dランク

岡潔さんが奈良女子大で教えていたのは30~40年前だろうか。
当時の学生の数学力はA・B・Cの3ランクがいたそうだ。
Cは公式として数学を捉え、それでも考察はできる者。ギリギリ及第点。
Bは学問として数学を捉えているが、それがことばに出来ると思っている者。
Aは数学が芸術だと知り、言葉を越えるものと理解出来るもの。
Aと認定できる学生もしっかりいて、優秀な弟子たちが育って行ったそうだ。
しかしいつの間にかDランク(落第点)の学生が出て来たという。
Dランク・・・要は数学を「入試の手段」と捉え、ギリギリ60点が取れればいいとする学生達だ。
「学問する」ということがどういうことかも考えもしない。
効率よく「必要最小限の努力」で、「必要最小限の点数」さえそろえばいいとする者達だ。
「これは困ったことになって来たぞ」と岡さんは警戒し、警鐘を鳴らす本を次々に発表して行った。
それから30年・・・岡さんが今の小・中・高・大学の生徒や学生を見たら、何と言うだろう。
きっと「もう・・・手がつけられない」ではないだろうか。
ドローンを飛ばして逮捕されたガキは「禁止と書いてないから、何をしてもいいんだろう」という。
弱い人間が寄り添って共存し、支え合って生き延びるためには、やってはいけないことがある。
特に書かれていなくとも、「遠慮する」ということがある。
そういうことがわからず、享楽のためだけに好き勝手するものにも基本的人権を与え、
与えた人々にも予想がつかなかったほどに一人歩きをしてしまった。
その結果底辺校ばかりが増えてしまい、中間テスト期間の心得には、
「ライターを持って来ないこと。携帯の電源は切ること」だけを伝える。
たばこを吸うなよ、携帯でカンニングはするなと、高校生に言わなくてはならない。
そんな高校生は昔からいたが、好き勝手ばかりする生徒の数が圧倒的に増えてしまった。
もう教師はそればかりに追われ、学問を考えることも、通常業務を進める暇もない。
学校や教師が悪いのではない。「なぜこうなったんだ」と、情けなく思っているだろう。
公教育は基本的人権とやらにがんじがらめになり、身動きできない。
塾は「お客本位」で何もしない。
ならば、私だけでも「学問するとはどういうことか」を追ってみよう。いつしかそう動くようになった。
「学問しましょう」と言うだけでは始まらない。学問に「気付かせる」には、何段階もの準備がいる。
どれほどで、どういう準備なのか、説明する気にならないほどに何段階もがある。
「情緒の教育が必要だ」と言った岡さんの言葉にも、現場教師ならうなづけるものがあるだろう。
今すぐには説明できなくとも、読書会で読み、共に語れば考えも整理されるだろうか。
そんな事を考える読書会にしよう。

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