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いざ、決戦

今日と明日が国立大前期試験。
真子・カイ・ミユは京都で、サキコは滋賀、タイスケは長野、ユウカが大阪へと出かけていった。
直前になって真子は期待と不安が交錯していた。問題がうまく解けると「うまくすれば行けるかも」
うまく解けないと「やっぱり1年のハンデがあるしな。今年は無理かなあ・・・」
「なあ、真子。試験が受けられるだけでも幸せやないか」
2年前の癌で死んでいれば今年の受験もなかった。3週間の抗癌剤治療は5回も受けた。
髪の毛は抜け、吐き気が続き、高2の1年をすっぽりと取られた。
国立大受験など望むべくもないのに、ここまで来られただけでも幸せだ。
「おまえはじぶんが生きなければならないように生きるがいい」
ロシアの「穴熊」に出てくる老帽子屋の言葉が私もまた、好きだ。
好きに生きろ、自由に生きろではない。生きなければならないように生きるがいい、だ。
重度の脳障害児を持つ塾生の親を3人知っている。
「御苦労でしょう?」知ったかぶりを言うと、答えは意外だった。
「大変だけど・・苦労とは思いません。私達はこのように生きることになっているのでしょう。
 こんな生活でも、楽しさもあるんですよ」
私は知ったかぶりの自分を恥じた。
帽子職人であろうと、うどん屋であろうと、障害児を抱えていようが、それが自分の生ならば、
そのように生きなければならないのなら、その生を精一杯生き抜く。
その、一見何でもなさげな生き方のすごさに、私は打たれた。
学びもまた、学ばねばならないように学ぶがいい。
効率よく、誰かに合格へ運んでもらえそうな情報ばかりだが、それは学びではない。
稀に1度うまくいっても、必ず破綻する。そういう情報は人を思いあがらせる。
なにをやってもなかなかうまくいかない。少し工夫してみる・・・また失敗した・・・
その繰り返しの中でいつの間にか、少しはうまくできる何かを発見している。
自分はそのようにしか学べないのなら、それが自分の学びなら、懸命にその学びを学ぶがいい。
もう私は甘い事を言いたくないし、知ったかぶりもしたくない。
今年の卒業生たち、中3も高3もそのような学びだけを学ばせ、育てた。
「これで合格」などと言うものは一つも知らない。しかしその分、たくましく育っている。
不器用な育て方、育ち方だが、負かされる気もさらさらない。きっと勝ち残る。
けれどそれでも負けたら、私が受け止めてやる。また、やり直せばいい。そういうものだ。
力を尽くして戦い、帰って来るのをじっと待っていよう。

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