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教師の役割

「はい、教科書の37ページを開けて・・・」
昔も今も変わらぬ授業風景だろうが、その内容にはかなりの差があるように思える。
昔は生徒の方も「授業とはそういうもの」と思い込んでいたし、教師ものんびりやれただろう。
教科書に載っていないことや関係のない話もできたが、今ではそうはいかない。
「あの教師は教科書にない話をする」などと「文句」を言われるからだ。
したがって粛々と教科書を読むだけになる。
「あの教師は教科書を読むだけしか出来ない」と陰口を言われながら・・・・
誰がそうさせたんだ!と文句を言い返したいところだが、とにかくそういう風になっている。
それだと生徒はしらけるばかり・・・いいや、一番しらけるのは教師の方だ。
教師はその教科の面白さを多少ならず知っている。
その教科を「道具」として、生徒の目を開かせるのが目的ということも、たぶん知っている。
そういうことを何もさせてもらえなければ、何のために教師になったのかとしらけてしまうね。
自分はサッカー選手になるのだから、漁師になるんだから「数学なんかいらない」。
ガキはすぐにそういう。
スポーツで活躍できる選手の多くが勉強もできたことを知らないし、
数学を知らない百姓より、数学が出来る百姓の方がうまい米を作ることも知らない。
たかだか数学を理解するちょっとした苦労も知らないで、
スポーツや農業の複雑さ、難しさを理解出来るわけがない。
だから教師は何とか生徒の目を開かせようと、今の風潮の中でも工夫しようとする。
動ける範囲の狭い中、しらけた生徒の心を、どうやれば動かせるのだろう?
「ま、これでもやってみようか」・・・うまくいかない。
「こ、これだと」・・・少し動いたけど、すぐにまたしらけてしまった。
まったくもう~嫌になる!!・・・けれど、それこそが本当の教育だと思う。
失敗しても、失敗しても、教師が先に動く。その行動にこそ意味があり、教育の真の姿だ。
生徒の何人かは成長し、「あの頃のバカな自分に、よくぞあの先生は」と、わかってくれるだろう。
わかってくれるさ、子供だってやがては大人になるのだから。
教師は若くて、「よくわからない」方がより動ける。
私のように経験を積み過ぎてしまうと結果が見えてしまい、億劫になる。
歳で足元もふらついて、素早い動きも出来なくなる。
若い教師は失敗を恐れず、自信はなくとも、思い切り動いてもらいたいものだ。

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