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学びの時期と強度 ④

高1の最初の授業で私は生徒達に言う。
「学年と同じ時間だけ、家で勉強もしろ。高1なら1時間、高2なら2時間。
 高3になったら誰でも1日中勉強するけどな。
 高2になったら理科や社会が登場してくるから、高1のうちに国語と英語をしっかりやれ」
国語と数学を30分ずつやれば1時間。それを毎日やる。土曜・日曜でも毎日やるとなると、けっこう大変だ。
けれどそうすることで学びの習慣とけじめをつけることを身につけさせたい。
それ以外の時間はクラブや遊びに没頭するがいい。教科ではないが、それも同じ学びだ。
偏ることは避けたい。
高校によっては「入学と同時に家で3~4時間勉強しろ」と言ったり、卓球でも小学生の頃から毎日3時間
練習している選手は多い。全日本会場ではカリン以外の全員がそうだった。
しかしそれだけの時間をやらせると、他のことは何も出来なくなる。
若いうちに「それしか知らない」ことが、いいことだとは私には思えない。
知識は教科書の中にだけあるのではない。学びはいたるところに存在する。それを知らなくてはならない。
そもそも高校の教科書の中身は「目安」であって、けっこう「本当ではないことも多いし、
一つのスポーツしか知らない選手は「脳みそも筋肉」と揶揄され、
引退後に社会に適合できない人があまりに多過ぎる。
欧米では金メダリストが後に医者や弁護士になる例が多いが、日本もそこは学びたい。
高校や大学で人生が終わるのではない。その後の方が長いということを忘れている人が多過ぎると思う。
その後の人生では人間力と言うか、幅の広さが力になると、自分の経験が教えてくれる。
教科書しか知らない、スポーツしか知らない・・・は、要は幅が狭く、不利だ。
康太の入学式で大学学長は「専門以外の人とたくさん触れ合い、多くを学んでください」と言われた。
そういうことが本来の学びであると、中学・高校の教科を通して伝えておかなくてはならない。
教師は常にそれを頭に入れて生徒と向き合いたいものだ。
有名高校、有名大学が学びの目標ではなく、そこで終了もしない。
その子の人生にとって何が必要なのかを、自分にも、生徒にも、問い続けたい。
とりあえずこの考察は、ここまで。明日からはくだらないことも考えよう。それもまた、バランスだ。

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