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「にせ医者と呼ばれて」を見た

家へ帰って後半を見て、終わってからビデオを最初から見た。
たぶん「医介輔」の日常の医療行為や苦しみなどは、ほとんど描き切れていないだろう。
医介輔という「にせ医者になってくれ」と言われたときに、不安や戸惑いはどうだったのだろう。
薬こそアメリカから配給されたのだろうが、「給料」は出なかったと聞く。
薬にしても抗生物質やモルヒネなどの「劇薬」は扱えなかった。
それでも地域住民の医療や学校の校医まで任されたのだから、とても苦労されたことだろう。
しかしそのあたりはさらりと「説明」だけで終わっていた。
これでは医介輔なる者がどういうものだったのかは、ほとんどわからなかった。
「貧困の患者からは診察代をもらわず、逆にお金を置いて帰ったことがある」
「正式な医師からバカにされ、罵られたこともある」
これは宮里先生自身が語られていることだが、その「背景」は何も描かれておらず、
へたな役者が下手な演技で「事実」として紹介していただけだ。
「生き延びるだけで必死、精一杯」の時代の「人間臭さ」が描けてなかったのだ。
だからドラマの最後に警察から戻った宮里先生を村人全部が迎えるシーンも、
本当の事であったろうに、その実感がわかなかった。
レイプされた花嫁が黒人の子供を産むと言う事件に、多くのものを集約させ過ぎたのだろう。
生まれたその子を見た夫が先生に
「あんたの奥さんがこの子を産んだら、あんたは平気か?」
と問われ、返答できないシーン。夫は島を出て行ってしまう。
妻は「自分が産んだ子に、愛情を持てない」と自殺。
凄絶な出来事だが、それだけではその後の宮里先生の「名せりふ」に納得が出来ない。
「もうやめる、診察はしない。俺なんかに人を救うことは出来ない。
 人から“先生”と呼ばれるたびに、叫び出しそうになった。俺はそんなに偉い人間じゃない。
 毎日懸命に働いたのも、診療代を取らないことがあったのも、“やっぱりにせ医者は”と、
 化けの皮をはがされるのが怖かっただけさ・・・
 いつも明るく、ニコニコして人に接したのは・・・それしか能がないからさ。
 ・・・こんな思いをするのなら、戦場で死んどった方が、ましだった・・・」
これだけのセリフは、その事件だけが言わせたものではないはずだ。

「生徒を育てようとしています」というと、「しょ~もな~」と言われた。
その学年の生徒を何名か名前を教えると、「ハハ、アホばっかりや」と笑われた。
父が失職しお金がない生徒を無償にしたことは何度もある。
身体にも知的にも障害を持つ子に何もしてやれず、卒業を絶望の思いで見送ったこともある。
その子の育て方で親とけんかすることは・・・今でもだ。
宮里先生のセリフは私の心にグサグサと突き刺さり、
画面の彼と同じくらいに、私も泣いてしまった。

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