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医介輔

「いかいほ?何だ、それ?」
木曜に放映されるテレビドラマの予告編をしていた。「にせ医者と言われて」というタイトルのようだ。
ドラマの解説でなんとなくわかったが、「医介輔」を調べてみた。
終戦当時、日本は独立しても沖縄はアメリカが統治していた。
戦争の傷跡がひどく様々なものが不足していたが、特に医師不足が深刻であった。
戦争に駆り出されたりして、当時の沖縄には64人の医師しかいなかった。
離島や僻地を多く抱える沖縄では、それではまったく医療が成立しない。
そこで戦争中の衛生兵、病院を手伝っていたもの、医大中退者などを集め、試験し、
126名を「医介輔」とし、僻地の医療を任せたのだ。「ドクター・コトー」の無免許番である。
無免許であるから抗生物質を扱えなかったり、麻酔が出来ないなど制限も多かったらしい。
しかし僻地においては紛れもなく「医師」であった。
沖縄返還のときに「憲法」が立ちふさがる。「医師でなくては医業してはならない」
しかし現実的に沖縄の離島に送れるような医師はおらず、仕方なく日本は
「一代限り」で医介輔の病院や診療所を認めた。医介輔は自然消滅していく。
2000年には10名残っていたが、昨日の話では92歳の方が引退され、ついにいなくなった。
その「最後の医介輔」宮里さんをドラマに取り上げたのだと言う。

興味は湧くがしかし・・・そういう方々は「ドラマ」なんぞになるのだろうか?
その地域で唯一の医師でありながら、免許を持たず「医師」ではない。
その方々の日常はとてもドラマなんかにはならないように思える。
私にはなんとなくわかるのだ。私も「塾」という「在野の教師」だからだ。
私は福井県の教員採用試験を2度受け、どちらも落とされている。公教育の勤務経験も無い。
「学校があるのだから、塾などいらない」と言われれば、私も「同意」する。昔からだ。
正式な教師でもないのに(資格だけは持っているが)「先生」と呼ばれることに、
今でもどこか「気恥かしさ」を感じている。
医介輔の方々も私も、もちろん懸命に働き、喜びも楽しさもあり、ほんの少しは誇りも持ってもいる。
しかし私の25年に渡る教師生活の大半を埋める感情とは・・・・
ドラマの予告編で主人公が白衣を床にたたきつける。
「僕なんかが・・・人の命を救うことなんて・・・出来ないよ・・・」
人に関わる仕事に、真剣に、懸命に取り組めば取り組むほど、「切なさ」を感じてしまう。
人ひとり救えぬ自分、人ひとり満足に育てられぬ自分・・・そんな「切なさ」が大半を埋め尽くす。
そんな毎日など「ドラマ」にはならないし、ごく稀にある「美談だけ」を取り上げるなら、
その姿は「医介輔」や「在野の教師」の本来の姿ではない。
何年その仕事に従事しようと、目の前に現れる現場は未知のものばかりであり、
「おっかな・びっくり」で対応するのが精いっぱいであり、失敗の方が多い。
汗と涙と鼻水と、泥だらけの毎日が「ドラマ」になるはずもなく、見たって面白いはずもない。
人に関わる仕事とは、そういうものだ。

けれど「にせ医者と言われて」・・・録画しておいて見ることにしよう。
主人公の俳優さんが気に入っているから。

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