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強くなるしかない ③

卓球の試合でカンナやカリンは優勝させようと私は思っている。
どのような受験であろうと、うちの生徒を負けさせようとは毛頭思っていない。
どのクラブチームも塾もそのために「技術」を鍛えようとしているのだろう。
しかし「技術だけ」に偏り過ぎているところが、私の捉え方とはずいぶん違う。
確かに技術も「強さ」ではあるが、小・中・高校生にとってはそれは小さな部分だと思う。
もっと大きな強さとは・・・いつまでも卓球や数学が好きでいられることであり、
自分で組み立てられるようになることであり、どこまでも追及できるようにすることであり・・・
その子に教え込んで覚えさせるにとどまらず、その子の「姿勢」を形作ることだ。
「それはどの塾も言っている」・・・その通りだ。けれどそれは表面的な宣伝に過ぎない。
「理解しようとする姿勢」に迫ることはものすごく面倒で時間がかかり、
「その姿勢作りをマニュアル化した」という人や塾を私は信用しない。
マニュアル化など出来るはずもなく、「ビデオ化」することも出来ないものだから。
今日も小・中・高校生にやらせる国語のプリントを作った。
私はそれを数学教育の一環として生徒にやらせている。
文法など技術を問う問題はなく、「それはどういうことか説明せよ」ばかりの問題。
それは棒線部だけでなく、文章全体を貫く意味を捉えなくては、一行も書くことが出来ない。
その感覚が・・・私に言わせれば、数学と同じなのだ。高校生ではそれがはっきりする。
高校生で数学をすらすら解く子と、ほとんど解けない子に、技術的な差はあまりない。
「解の公式」だとか「余弦定理」などはどちらも同じように知っている。
違いは・・・問題全体の意味がわかるかわからないかだ。
「部分」にしか目が行かないと公式だけに捕らわれ、何をやっているかわからなくなり、止まってしまう。
全体の意味をつかめば公式を使わなくても「腕力」で進んでいける。
私が国語を使ってまで子供を強くしたいには、その腕力の部分だ。
康太の入学式で松本総長の祝辞は簡素なもので、1つのことだけを述べられた。
「専門以外の人や本とたくさん触れ合ってください。それを理解しようとしてください。
 本当の力とは、そういうことから出てきます」
それは私がたどり着いた教育観と同じものであり、深く感動したのを覚えている。
今日も数学で生徒の尻をバシバシ叩く。国語の宿題を出す。
生徒が強く、したたかなまでにたくましくなることを願って。

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