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いま、求められるもの

昨日29日は今年の読書会最終日。たくさんのお母さん、お父さんが来てくださった。
毎回こんなにたくさん来てくださると、色々な話が出来て楽しいですよ。
そんな中で読み進めたのは「(教師の力)いま、求められるもの」。
繰り返し河合さんが言っているのは「もうちょっとゆっくり、きちんと子供を見ましょうよ」ということ。
これはもう教師だけではなくて、私たち親も、世の中全体が子供を見れなくなっている。
少子化で労働力不足の中「女性の働く力」が求められ、両親は共働きとなり、
預ける保育園ばかりを求めている。学童期になれば学校にお任せ。
中学以降は「分刻み」の塾通い。子供を見ている暇もない。
塾は勉強を教えるだけだから、子供を「見る」ことなどない。
親も勉強だけを期待するし、そもそもビデオの中の教師は生徒を見ることもできない。
「地域」が子供を見てくれたのは昔の話で、今は核家族がそれぞれにバラバラ。
最後の砦が学校なわけだけど、あれをするな、これもするなと細かな規則だらけになり、
いつの間にか教師は「規則の後ろに立つ」ようになってしまった。
規則の後ろからだと子供と触れ合うことが出来ないし、見ることもなくなってしまう。
結局誰もが子供を見ることもなく、「小・中一貫にしよう」「ビデオの授業にしよう」などと形を変えるばかり。
その中にいる子供を見もしないで器の形だけを変えても、何をやっているのかわからなくなるものだ。
それが今の日本のあらゆる教育現場の現状だ。
教師自身が「俺は今、何をやってんだ?これは教育なのか?」と思っているはず。
きれいな校舎を作り、勉強を教えていれば子供が育つわけではない。
教師が規則の前に立って子供と関わり、子供を見ているから子供は育つ。大人も育つ。
子供をよく見ているとその変化や成長が「一定」ではないこともわかるし、
色々嫌な思いも苦しいことも多いけれど、全部ひっくるめて「面白い」ですよ。
康太が誕生して20年。寝返りを打つようになり、歩くようになり、しゃべるようになり、
保育園、小学校、中学、高校、大学・・・やることなすこと全部が面白かったし、今でも面白い。
うちの家族は「仲がいい」とよく言われるけれど、私や女房が子供を面白がっているからかもしれない。
期末試験が近いせいで連日フリースペースは勉強する生徒で満員。
私は教科書という規則の前に立って数学を展開しているし、教室には
「休むな・遅刻するな・掃除して帰れ」しか規則がない。鍵はトイレにしかない。
生徒は勝手にフリースペースや部屋を使っているけれど、私に見守られているという安心感があるのかもしれない。
ゴミ箱に空き缶を捨てやがったら「バカもん!」と怒鳴ってやるが、生徒はそれでも安心している。
子供をきちんと見れば教育はとても面白いし、ちゃんと機能する。
その事を思い出さない限り、日本の教育は健全化しない。そんな事を読み、語り、
「そちらの息子?変な奴です。けど、こういうところが伸びて来て、面白いです」
そんな話をする読書会も、とても面白かった。面白いけれど、今年はこれでおしまい。
たくさんの参加、ありがとうございました。来年もまた楽しみましょう。

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