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読書会 2日目

河合隼雄さんの「私が語り伝えたかったこと」から「子供の心と現代の家庭」を読んだ。
子育てなんて面倒でよくわからないもので、よくわからないからこそ面白さも発見する。
そこまでゆっくりと関わればいいし、ゆっくり関わるものなのに、世の風潮がそれを許さない。
昔は大家族でじいちゃん・ばあちゃんも「寄ってたかって」子育てしたし、世の流れもゆっくりだった。
少々ミスしたってゆっくりした流れの中で、いくらでも修正できたし、ミスの中で学ぶものも多かった。
現代は「見た目」ではあっても時代の流れは速くなり、核家族ばかりでもあり、
舅・姑のわずらわしさがない代わり、基本的に母親一人で子育てのすべてを決定することになる。
するとどうしたって本などに頼るのだが、本は「こうやればOK」という「マニュアル」ばかり。
「こうやればOK」なんだから、そう出来なければ「ダメ」ということになる。
本当には子育てなんてダメばかりでマニュアル化など出来るはずもないのに、それを信じてしまう。
知らぬ間に生活全体がマニュアル化されてしまい、そりゃあ親も子も息苦しくなってしまう。
そにて「もっと良いマニュアルはないのか」と探し、そういうマニュアル本はいくらでも出てくる。
河合さんが言うように「良いも悪いもない、お前はうちの子だ」と腰を据えればいいのだが、
現代の風潮で、そんなのんびりしたことなど許されないかのような気分にさせられてしまう。
子育ての中でも「教育」は重要な部分を占めるのだが、私立高校に通う高1がぼやいている。
「三角関数のグラフなんて、さっぱりわからん・・・」
「グラフ?それって高2が今からやるんだぜ。お前高1だよな、まだ6月・・何でそれやってんだ?」
「なんでだか何だか・・・とにかく学校ではそれをやってます・・・」
最近「卓球部を廃部にするかも」とうわさされる中堅私立だ。中堅ほどこういうことをする。
三角関数へ行きつくまでに高校生が身につけるべき数学理論はたくさんある。
しかもすぐには身につくものではなく、単元ごとに繰り返し復習し、生徒に馴染ませていく。
どうしたって三角関数は「高1の6月」に出来るものではないし、やるべきでもない。
洛星・洛南・堀川・嵯峨野など「スーパー進学校」でも、そんなバカなことはしないし、出来ない。
しかし「もっと出来ない生徒」を集める中堅私立ほど、軒並みそういうことをやる。
「うちはこれほど頑張って教育してます」というアピールなんだろうし、
中身のわからない親にすれば「そうですか!頑張ってくれてるんだ!」と思うのだろう。
そうして3年間で「ボロボロ」にされて怒り狂う親がいたり、「うちの子は出来なかった」と諦めたり・・・
どちらも間違いだ。バランスを取ってやれば高校の数学などほとんどの子が理解できる。
「最初はじっくりやろう。出来ても出来なくても、お前達はうちの生徒だ」
そういう視点はほとんどの中堅私立から奪われてしまっている。理由は簡単。
「そんな悠長なことを言っていたら生徒が来てくれず、高校が潰れる」からだ。
もう公教育も塾も区別などつかない。どこもが「知識の羅列」ばかりやっている。
けれどそれもまたノウハウやマニュアルに縛られるだけで、生徒そのものから目は離れている。
親も学校も「あからさまな悪意」などない。
しかし「子育てとは」という部分が見えなくなって、結果的に子供をつぶしている。
最近あった、悲惨でやりきれない想いに泣いてしまう5歳児の餓死事件のように、
生徒達は虫の息で、か細い声で「・・・パパ・・ママ・・」と、助けを求めているかもしれない。
私のようなありふれた個人にその流れはどうすることも出来ない。
けれどこの教室で触れ合える子たちだけは全力で守る。「お前達はうちの生徒だ」から。
1回目より多くのお母さん達が集まってくださった。
きちんと読み、話し合い、お母さんの思い違いには厳しく意見もさせてもらった。
お母さん達の活発な意見交換を聞けば、私の考えも整理される。
何とも楽しい読書会は、あと2回もある。来週は「日本の教育の底にあるもの」を読む。

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