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卓球との関わり ② 若さというバカさ

高校生の頃の私は「燃えたかった」のだと思う。激しく生きたかったのだと思う。
しかし「燃やし方」も知らず、「継続する力」もない非力な男だった。
ただ、それを認めるには「若過ぎた」ということだろう。エネルギーだけがあった。
京都にはよい大学はたくさんあるのに京大しか知らず、目に入らず。
それならそれなりの勉強の仕方、理解の方向もあるのに、そんな事を何も知らず、2度も受けたが当然敗北する。
それなりに勉強はしたと思うが、独りよがりであり、極端に「いびつ」な知識しかなかったのだ。
バカは、さらにバカなことしか考えない。
「京大がダメなら卓球の強い関東の私立へ行って、思い切り卓球をやろう。
 今の俺は“ど素人”だろうが、なあ~に、寝ずに練習してやろう。
 俺みたいなすごい男が人の2倍の練習をすれば、全日本のランカーになれるだろう」
・・・これほどのバカになっていれば、人の話も聞けず、身をもって体験するしかない。
その私立大卓球部は全日本団体3位であり、シングルスのランカーもいた。
初めて練習場へ行った時のことは鮮明に覚えている。先輩がラリーを引いていた。
そのラリーのボールの速さは人間業とも思えなかった。見たことのないすごさだ。
そこで尻尾を巻いて逃げ帰ればよかったのだが、
「なあ~に、1年もすれば、俺もあれくらいに・・・」救いようのないバカであった。
1年から4年まで男女合計で部員は30人ほどいた。
私のように試験で入学した者を「一般部員」といい、他には一人しかいなかった。
他は全員「スポーツ推薦部員」。信じられないことだが私は、スポーツ推薦の意味も知らなかった。
私が「夜も寝ずに練習しよう」と思っていたことなど、彼らは中学の頃から「続けて」きたのだ。
しかも各都道府県で、そういう連中がたくさんいる中で「勝ち残って来た」者達だ。
練習の辛さ、勝つことの難しさ、厳しさ・・・私が何も知らないことを、身をもって体験して来た者たちだ。
そしてそれは、本人達もわかっていないと思うが、そういうことをするために多くのものを犠牲にしたすごさ。
勉強などしてる暇はない。とっくにそれは諦めており、特別な配慮がない限り卒業もできない。
4年間大学に「在籍」して、卓球だけをするのだ。あきらめたのはそれだけではない。
中学・高校と遊ぶ暇もない。徹底して誰かに監視されて、卓球しか出来なかった。
自分の人生すら考える暇もなかった。だからある面では私以上に世間知らずであり、バカであった。
ただ、私は自分のバカを知らなかったが、彼らは自分のバカさを知っていた。
それを知るが故に感じる悲哀、ゆがみ・・・私はそれすら考えたこともなかった。

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