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バベルの塔 ②  説明

「高校生の授業って、やっぱり“説明のうまさ”・・とかと違うな・・・」
高2物理の授業を終えて帰って来た康太が言う。
大学の授業は3年目、教室で教える物理も3年目で、細かなところが見えてきたようだ。
2年前はショウやリョウ達にガンガンと知識をぶつけていくだけだった。
それはそれで生徒をグイグイと引っ張り「全員国立大」の原動力にもなったのだが、
今年は生徒の反応を見て「速すぎてもいけない」と、よく言うようになった。
この2年間の康太の物理は「予備校の授業」に近かったのだと思う。
今や「教えてるのかな?」と思えるくらいテレビに出ている林先生は言う。
「予備校の授業では“すべて”を説明します。もう、後から質問に来る必要がないくらいに。
 生徒が質問に来るようじゃ、予備校の講師としては失格なんですよ」
『へえ~、そういう授業を、どうして中学や高校からやらないのかな?』
そう思う親や生徒は多いだろうし、公教育も塾を取りこんだりし始めた。
しかしそれは明らかにバベルの塔であり、必ず崩壊してしまう。
はっきりと「ジャンルが違う」と認識しなくてはならない。
浪人生はまがりながらも3年間の高校教育を済ませている。
そしてたった1年で「合格に足りなかったもの」を補わなくてはならず、予備校はそれを補おうとする。
しかしそれは「受験に必要なもの」を補う作業であり、「教育」とは本質が違う。
そのあとの林先生の言葉を、親や生徒、公教育は聞き逃しているようだ。
「質問がいらないくらいに、全部わかる授業」など錯覚であり、そんなものはあり得ない。
我々でも保健に入るときや家のローンを組むときに、業者は分厚い資料を全部読むが、
我々はそれを理解するだろうか?少なくとも私は「まるっきり」わからない。それと同じだ。
理解する生徒は「丸ごと」理解などしない。必ず理解出来るものに形を変える作業をしている。
「これってつまり・・・こういうことだな」という作業だ。しかし中・高校生にはそれがうまく出来ない。
別のものに置き換えるだけの、その、別のものの知識量そのものが少ないからだ。
そういう知識量とは、読んで聞かせたからってすぐに身につくものでなく、忘れることが多い。
だから思い出させて・・・またすぐ忘れるから、再び思い出させて・・・
そうやって「血肉化」させていく作業が教育であり、果てしなく時間がかかるものだ。
一通りの教育を済ませ、しかも時間のない浪人生がやる作業とは、根本的に違う。
塾なのに私がやっているのは「教育」であり、それが「塾らしくない」のだろう。
教育がわからなくなって、小・中・高校に予備校や塾方式を取り入れても、それは崩壊する。
公教育は林先生の最後の言葉も聞き逃している。
「合格を決めて大学へ行こうとする生徒に、僕は言います。
 この1年君達がやった勉強は、大学生活にも、君達の人生にも、何の役にも立たないものだ。
 それは合格するための作業にしか過ぎない。それがわかるような大学生活にしてください」
ちゃんとそれが「教育ではない」ことを知っているのが予備校講師らしくなく、私がこの人を好きなところだ。
それがわからない今の社会や公教育は、とても危うく、私には見えてしまう。

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