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復習は自分で

「わからないところから始めよう」とはよく聞く教材の宣伝だが、全部用意してやるのだろうか?
小学生だと教科の判断基準を創り上げている最中なので、自分では判断できない。
繰り上がり・繰り下がり、割り算、分数の通分・・・どれもややこしいよね。
『忘れたな』と思ったらその都度、教師がプリントでも用意してやらなくてはならないだろう。
と言うか、先へ進んでもしょっちゅうそれらは指摘し続けるのだが、それでも復習もさせる。
だから学年が下がるほど大変なんですよ。
気を配って、注意して見守り、判断してやらなくてはならない。根気も体力もいる。
中1、中2あたりまでは小学生とあまり変わらないだろう。けれど中3あたりから違ってくる。
中3の今の時期だと義務教育の終わりであり、「もう世の中に出てもいいよ」と言う時期だ。
問題も今まで学んだものを総動員する総合問題になって来る。
問題を整理して行くときに「これ、因数分解できたっけ?」とか「直線の式って?」と言うことはよくある。
その時、今までと同じように教師がプリントでも用意してやるのだろうか?
違うと思う。もう、そういう式や考えがあったことは知っている。認識ができる。
「直線っていつごろやったかなあ・・・確か中2だったなあ」と
教科書でも引っ張り出して来て、自分で復習すべきだと思う。それが「学ぶ」と言うことではないだろうか?
塾はそこに商機を見出し、「全部プリントを用意して、全部面倒見ます」と言う。
確かに面倒くさくはないね。自分でやるより効率もはるかにいいだろう。
けれどもそれは、せっかくの「学び方を学ぶ」機会を放棄していると言うことだと思う。
そこで学んでしまうのは「誰かが準備してくれる」と言うことで、自分で考えることはしなくなる。
車も自分で運転しなくていいようになるようで、世の中がそういう風に動くものかもしれない。
けれど学びに関してはよくない。
それで高校へ入っても、考え方のフォームが出来ていないので、その後潰れる子の方が
圧倒的に多いのは、経験的に知ってしまった。だから私はあまり手伝ってやらない。
模試でも「次の範囲はそこに書いてあるから、自分で復習するんだぞ」としか言わない。
たいていの塾は「模試対策」をやるんだけどね。私はやらない。
高校になるともう、全部自分で復習はさせる。「九九レベルくらい、自分でやれ」だ。
学びってなんだ?ただ覚えることか?自分で忘れていることを発見し、自分で対処できるようになることだ。
車の中で寝ていて、勝手に目的地へ着くことはいいことなのかもしれない。
けれど私は、少なくとも学びにおいては、地図を見て自分で歩いて行けるようにさせたい。
自動運転の車ばかりになったら、私のやり方なんか誰も求めなくなるのかもしれない。
けれどその頃には私の教師生命も終わってるから、平気だ。最後までこのままでいく。
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河原

Author:河原
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