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学校のテストと入試問題の違い

中3最後の単元「三平方の定理」も佳境に入って来た。
「形を覚える」という段階は終わり、「図形の本質を探る」とか、「こっちの考え方でも解ける」とか、
単元を越えた問題ばかりをやっている。ソウタなんかには大変なことだろう。
「さあ、黒板で解いてみな」
みんなが黒板に立っても、ソウタはテーブルでまだノートを睨みつけている。
『ここは・・・わかる・・けど、これは・・なんでこう出来るのかな・・・?』
納得がいかないのだ。わかりきっていないことが気持ちが悪い・・・格段の成長だ。
中1の時にはたいていの子がそうであるように、ソウタも数学が「わかる」感覚などなかった。
意味もわからない公式をいくつか覚えて、少し点数が取れればいいか。そういうものだった。
中1からやって来たソウタは、私の授業に度肝を抜かれた。学校とは全く違う。
そう・・・一番大きな違いは、学校には教科書があるが、私の授業には教科書がないことだ。
教科書があれば、うっかり授業で寝てしまっても、後から読めば何とかなる。
と思って、大抵は何ともならなくなるのだが・・・
私の授業ではいきなりテーマを黒板に書き始め、「構造となり立ち」を組み上げていく。
すなわち教科書を創り上げていくのだ。
何も「ない」ところから創り上げていくのだから、生徒は集中し、考えながらノートを取らなくてはならない。
考え方を整理して、黒板でその構造を確認。また構造を聞いて、黒板で確認・・・
そんなことばかりやっていると、生徒も慣れて来て「勉強って、そんなもの」と思うようになる。
たいていはソウタのように「わかってないのに答えが出ても気持ち悪い」となるものだ。
うちの生徒が高校や大学入試に比較的強くなるのは、そういう授業のあり方によるだろう。
たぶん大阪維新の会も「そういう授業を学校で」と言うのだろうが、それは「分担」が違う。
中学生や高校生にとっては「基礎事項を暗記すること」も重要な仕事だ。
40人もの生徒を相手にすれば、それだけでもやっとだ。
だから学校のテストでは「今までのことを覚えたか?」と、過去を問う問題になる。
それでいいのだと思う。それが学校の教師の仕事だし、それ以上の責任など教師にはない。
それに対して入試問題は「これから伸びるか」を問う応用問題が多くなる。
しかしそれは「趣味の世界」であり、生徒自身がどこまで自分を高めるかの問題であり、
本来そんなことなど学校の教師は「知ったこっちゃない」でいいのだ。
たまたま私は「学力そのもの」に目を向け、そういう授業ばかりしていただけで、
私の授業をそのまま学校でやってもうまくいかないだろう。それこそ「分担が違う」のだから。
「総辞職する!」と言う大阪教育委員会の人達もそれを言うのだが、
維新の会は「その違い」の意味がわかっていないので、話し合いは平行線のまま、
総辞職することになるのだろう。
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河原

Author:河原
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