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低学力

元大リーガーの伊良部が40代という若さで自殺した。哀れ・・を思うばかりだ。
他の誰もが投げられない158キロのボールを投げ、金も名誉も思うままであったろう。
その頃の伊良部は確かに美しかったし、インタビューでの受け答えも「まとも」だった。
しかし誰にでも「それが出来なくなる日」がやってくる。晩年の伊良部は哀れであった。
思うようにいかないから「無礼な態度」は大リーグでも叩かれたし、
帰って来て阪神の優勝に貢献したにもかかわらず、首脳陣ともめ、1年で辞めたと覚えている。
あとは人生を「転げ落ちていくばかり」であった。
野球の「コーチに」という声はかからなかった。コーチなど出来るはずもない。
「超一流選手」のほとんどは「自分に、なぜそれが出来るのか」など、考えたこともない。
それは仕方ない。「ただ、出来てしまう」のだから、考える必要などない。
だから教えることなど出来はしない。
アメリカで「うどん屋」をやって繁盛もしたらしいが、経営など分かるはずもなく、
すべて人任せにし、自分はバイクに乗って遊び呆けていたら、金を持ち逃げされ潰れた。
次第に金に困って来たのだろう、三流の「独立リーグ」に参加するも、ケンカして辞める。
「使えないクレジットカード」を「なぜ使えないんだ」と、飲み屋で暴れる。
家族にも見放されたのだろう、最後はひとりでしょんぼりと暮らし、首をつった。

どの「超一流選手」も言う。
「現役を引退すると、『どうやって生きていけばいいか』分からず、鬱になる」と。
しかし大抵の「元選手」は現役時代を振り返り、触れ合った人々のこと、
その時には聞きもしなかった「アドバイス」など、「スポーツ以外のこと」を思い出し、
それなりに「新たな生き方」を見つけ、生きていく。
それを見つけられず死んで行くのは「低学力」のせいだ。
「学び方を学ぶ」ことが出来なかったのだ。
仕事に困って求人誌を見ても「字が読めな」ければ死活問題だ。
書類整理の仕事で「A-b、D-f」などにしまうのに、アルファベットが読めなければ・・・
「それくらい勉強して読めるようになれよ」と言うのは易しい。
けれど、それが出来ないのだ。学び方が分からない。
数学で100点を取ることが「学力」ではない!
意味もわからず「棒暗記」は、人が言うほど無意味ではない。そういう時期も、量も必要だ。
しかし「それだけ」では「学力のきっかけ」がつかめない。
「どうやったら“まし”になるんだ?ちょっとゲームの時間を減らそうか」
そういう「数学以外のこと」に、人は学ぶ。
棒暗記だけで100点・・・それもまた「低学力」だ。
兵庫の定時制高校で脇浜さんが取り組んだことも、現在キノシタが格闘していることも、
私が日々考え続けていることも、そのことだ。
そのことに情熱を傾けるほどに、ほとんどすべては「空回り」する。それは「現実」だ。
教師は傷つき、無力感に打ちのめされ、自分を呪う。
しかしその情熱をなくせば「稀にうまくいく」、たった一つさえなくなってしまう。
その「稀に」を求めて教師は・・・私は、しつこく情熱を燃やす。
明日からは夏の授業だ。うちの生徒達には「伊良部の悲劇」など、やらせはしない。
プロフィール

河原

Author:河原
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