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理解の意味

真子がまだ小学校の低学年の頃、店の看板を読んだ。
「寿屋」と書かれているのを「す屋?変な名前やなあ?」
なるほど「寿司」と同じ字だ。「ことぶき」という読み方は知らなかったようだ。
私が小学生の時にはどちらも読めなかったし、それが「同じ字だ」と認識もできなかったろう。
だから漢字がなかなか読めず、書けもしなかった。
そういう横のつながりがないと覚えられないし、さらに踏み込むと、
その漢字自体の意味がわかれば、完全に理解できる。
真子は英語も韓国語もそう言うとらえ方ができるから、すぐに話せたのだろう。
そう言う理解の仕方は教科を問わず重要で、数学でもそうだ。
対比の意味がよくわからない生徒は結構いる。
相似形では3:4=15:Xと書き、内側と外側をかけて、3X=60として解いた。
「倍率が同じ」と言う解き方なのだが、これは少し難しく、形だけになりやすい。
三平方の定理では別の考え方も導入する。
3;4って、要は「3つ分と4つ分」と言う意味で、1つ分の大きさは問わない。
今は3つ分が15㎝だから、そりゃあ1つ分は5㎝だろう。だから4つ分は20㎝だ。
ところが・・・それがよくわからない生徒もいる・・簡単だと思うんだけどねえ。
1つ分を求めずに、3:4の形でしか解けない。横のつながりがない。
私はそれを許さない。絶対にわからせないと気が済まない。
宿題で3:4:5と5:12:13を出しておいたから、今日は方眼紙でも用意しようか。
3つ分・4つ分・5つ分の線を引かせて、「5つ分が30㎝だったら?」
まるで小学生の授業だが、理解のためにはそれも必要。
やれやれ、受験へ向けて、大変ではある。

形を変えても

共通テストの記述化が論議の的になっている。
英語の民間委託が延期されても次々に出てくるようだ。
50万人も受ける試験に記述式は、まあ無理だわね。なぜこんな話になったんだろう。
数学で言えば「作る問題がなくなった」と言うのが本音だと思う。
40年ほど前に始まった共通一次試験はそもそも、教科書内容の
理解だけを求めるものだった。きちんと勉強してれば90点は当たり前。
それをいつからか「平均60点に」と言い出してからおかしくなっている。
本質的にあまり深い問題にもできず、作れる問題もなくなり、
今では「時間的に」60点しか取れない問題になってしまった。
もう何を問うているのかわかアなくなってるから、廃止すりゃいいのにね。
まあ、国も考えてはいるんだろうね。
「英語が話せない日本人」「理数化離れ」「国語力低下」
そう言うものを何とかしようとしてるんだろう。
けれどそれを改善したいなら、試験の形を変えても無理ですよ。
今の若者は英語を話せなくても不自由を感じてないし、
数学なんてわかるやつが誰もいないし、本を読まなくても携帯で事足りてるし。
本当にはアホな自分にどこかイライラしてるんだけど、
次々に面白そうな「新商品」を出して、考えさせなくしている。
同じように教育も「新商品を」と言うことだろうけど、
教育って急激な変化はできないような営みなんだ。
それを変えたいなら、世の空気を変えないと無理。
どうしても英語を話させたいなら中国みたいに
「英語がペラペラじゃないと、大学を受けることすらできない」とすればいい。
「君は尊重され、自由にやれ」なんて言いながら、
語学も数学もできるように・・・なんてのは、土台無理があるのだろう。

1年、2年も

本と私
フミが京教大付属高校の赤本を持ってきてくれたので、数学と国語をコピーした。
数学の問題を解いてみて、なにか対策が必要かを探るためだ。
問題のストックはあるが、もう古くなってしまっている。
外部からここを受験するのは康太と同級のユウカ以来だから、もう10年か。
5年分をコピーしたが、解くだけなら、ま、どうということはない。
面倒なのは中学生がその解答を見て、納得できるようにまとめなくてはならないことだ。
大学入試問題なら雑に解きまくっても平気だが、中学生にはそうはいかない。
昔は今ほど解けもしなかったから、そんな作業で中3・高3にかかりきりになり、
1年や2年はこの時期放ったらかしになったこともあった。
そこはキャリアを積んで解くのが速くなったし、受験の様子もわかるようになったから、
3年と同じように1年・2年の面倒も見られる。
中1はケンにはまだ時間がかかるけど、カナミはずいぶん賢くなってきた。
中2の3人はすでにかなり賢くなっている。
高1は高校の教科内容に度肝を抜かれていたが、ずいぶん落ち着いたし、
高2は別人なほど学びがわかってきた。
どれ、入院している竜二に、先週宿題に出して置いた国語と、
数学の文献をもって様子を見に行ってくることにしよう。

大けが

リュウジが足を骨折しちまった。
単純骨折ならすぐに治るが、骨がバラバラになる、粉砕骨折みたいなやつだ。
すぐに病院へ運ばれたが、バンバンに腫れており、すぐに手術はできないらしい。
腫れが引くまでなのか、何がどうなったらできるのかわからないが、
いつ手術できるかはわからないという。
そう言えば30年近く前のこの時期、浪人してたウネも
バイク事故で足をひどく骨折し、志望校を受けられなくなったっけ。
「この大事な時に」
私の怒りと絶望は本人よりもすさまじく、私が病院へ行ったそうだが、
私はそのことを覚えていないほどだ。
まったく・・・勉強できない奴ほど、他のことでも手を掛けさせやがる。
リュウジもさんざん手を掛けさせられて、ようやくましになったと思ったら、これだ。
まだ2年だからましだとはいえ、微分・積分の重要な時期。
やれやれ・・・週に一度くらい資料を病院へ持って行って、
「このアホ!これとこれを読んで、問題を解いとけ!」と言っておかないと。
散々手がかかるからか、「できの悪い奴ほどかわいい」と言うけれど、そうかね?
今はうんざりして憎たらしいだけだけど。
まあ、ウネは確かに可愛らしくなったから、リュウジとも付き合いを続けなくてはならない。

努力する才能

本の表紙
芸能界はそれほど興味もなく、よくわからないからどうしようかと思ったけど、
結局は見てしまった「プロフェッショナル」
小さいながら有能タレントも抱える、およそ社長には向かない女性社長。
「芸能界は好きでもないし、この仕事が自分に向いているとも思わない」
と自分でも言う。私でも顔のわかるタレントがゴロゴロるのに。
タレント志望者の面接の様子で、社長の見ているところがわかった。
「今は特に光るものがなくても、努力する才能があるかどうか・・・」
将棋の米長名人も弟子を取るときに同じようなことを言っていた。
「将棋で食っていけるかどうかは、今の才能ではなく、
 どれほど将棋が好きか、いつまで好きでいられるかが決定する」
そのプロダクションには15歳で入ってきて、30歳でようやく売れ始めた子もいる。
それを見守り続けるのが、その社長の仕事だという。
いいねえ、私の感覚によく似ている。
将棋も芸能界も、それまでに消えてゆく者も多いはずだ。
しかし努力する才能を磨き続ければ、大成せずとも、食っては行ける。
その信念で見守り続けなくては、その一人は出現しない。
「好きなこと」だけで、「最小努力、最大報酬」で人生は生き抜けない。
私だって社長と同じく、自分が教師に向いているとも思わないし、
特に好きな仕事でもない。それは誰もが同じだ。
それでも30数年、生徒の努力する才能を伸ばそうと、見続けてきた。
今日は定期検診。多少ガタが来た身体をチェックしてこよう。
プロフィール

河原

Author:河原
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