FC2ブログ

普通の塾

「普通」ってどういうことだろう。7割以上の人がそう思うことを言うのかな?
けれどいつからか「自分が普通と思えば、普通だ」という人が増えたようだ。
だから明らかに普通じゃないことを普通だと言い張り、
世の中を困惑させるようなニュースは連日報道されている。
塾はどうだろうか?
昔の寺子屋や、松下村塾など有名塾も含めて、
昔の塾は「育てる」「生き方を問う」ものだった。
いまは・・・そういう塾はほとんどない。「サポート」ばかりになった。
けれどサポートって・・・・何をサポートするかが問題。
今は定期テストや受験を少しでも有利にしようというサポートばかり。
それが「普通」になっている。
それも確かにサポートだけど、その子の「その後」のサポートになってるのかな?
それで有名高校、有名大学へ進んだ子のその後を見てみると、
私の感覚では8割がボロボロになり、人生を見失う結果になっている。
それを普通とかサポートというのかな?
私は定期テストのサポートは全くせず「自分でやれ」と言っている。
受験のサポートも、直前のほんの一時期だけだ。
できればそれも生徒本人が、自分でできるようになることを目指している。
私はそんなうちの塾を「普通の塾だ」と言い張る。
まあ、世間を困惑させることはないと思うが、変な奴・・・かもしれない。

それでも考えさせる

本の表紙
以前に私が教室でやらせている問題を高校教師に見てもらったことがある。
「玄人好み過ぎる」 一刀両断にされた。
そんなこと教えてもどうせできないし、基礎演算だけにしないと
テストの点数も10点くらいになってしまう。現場ではとてもできないということだ。
生徒は授業も聞かず携帯ゲームをし、取り上げても、今度は寝る。
放課後に携帯を返してもらって帰っていくだけ。
そんな生徒でもテスト前は補習塾で予想問題を出してもらい、
いくつかを丸暗記して及第点を取り、進級、卒業していく。
なんとかしよう、どうすればいいのか、という姿勢はそこにはない。
そういうサイクルが私には気に食わない。
修正しようという姿勢を育てなければ、どんな教材もむなしいだけだ。
二次不等式は高1最大の山場。寝る生徒が増えてしまうところだ。
形だけの基本問題だけならすぐに終わるが、教室では
そこから図を描いて眺め、考えなくてはならない問題に踏み込む。
それが「玄人好み」と言われた部分だ。
二次関数全体を把握しないと答えられない問題だから、
何度も振り返らせ、何度も説明し、何度も言葉にさせ、
最後は「おどれ!なにしてんねん!」だ。
フミとマヒロは理論を正確にとらえ始めている。
中学と高校の、勉強の質の違いも実感でき始めたようだ。
オウタとコウスケはその二人に比べると、まだ少し時間はかかるが、
何度も理論を振り返り、図を見つめ直し、正解へと修正してゆく。
どの子も中学時代にはそれができなかったし、そういう作業があることもわからなかった。
今ようやくその作業に気づき、踏み込もうとしている。
「全然なっとらん、何じゃワレ!」
私もさらに踏み込んで、何度も繰り返す。汗と血にまみれる授業だ。
それだけの血と汗を、2年も経てば一般の生徒や世間は、
「どうせあいつらは、元からできたんだろう」というのだけど・・・

うれしいメール

コンピュータが壊れたりして以前のものはなくなっているけれど、
このブログを書き始めて30年に近くなっている。
当初は誰でも読めるということもわかっておらず、
子供の様子や連絡事項を親に伝えるためだけに書き始めた。
書く内容は・・・年齢と共に変わっていったと思う。
30代では自分の主張ばかりを書いていた。
そのほうが受けはいいのか、流行だったのか、毎日100人以上が読んでくれた。
50代になるころから「なぜ数学か?」を考えるようになったんだな。
当初からそれは考えていたけれど、経験を積んで深くなっていった。
勉強は、子供を大人に育てるためにさせるものだ。
それは大仕事で、とてもじゃないけど18歳で完成するものではない。
人生を踏み外さず歩んでいく基本フォームを創るだけで精一杯だ。
そういうことを皆が忘れ、資格を取るための、短期の暗記と思っている。
それはおかしいでしょ?ということばかりを書くようになった。
正直に教育現場のことを書くのは、たぶん、塾の宣伝にはならない。
点数?自分で取ってください。進学?さあ、どうなるんでしょうねえ?
そんなことばかり書くから、今では関係者だけが読んでくれてるみたいだ。
それでも昨日、一通のメールが届いた。
「ブログを読ませてもらい、小学生の娘を見てもらいたく思います」
こういうメールが一番うれしい。
ホームページを見て、ブログも読んでいただき、私の考えを知ったうえで連絡くださる。
こういう方だけに来てもらいたいくらいにうれしい。
こういう方が現れるだけでも、ブログを書き続ける価値がある。
私を元気にし、勇気づけてくださるメールだ。
それに応えられるように、今日も頑張ろう。

基礎技術も

本と私
学びは基本的に内容理解へ向かわねばならないが、そのためには基礎技術もいる。
高校生になって数学がわからなくなる子はあふれかえるのだが、
その子たちはすでに小・中学からつまづいている。気づかなかっただけだ。
そういう子を黒板につかせて見てみると、まず、分数・小数がさわれない。
本当に分数が足せなくなったりするんですよ。
さらに、同じ数をいくつもかける「累乗」は、わかる子の方が少ない。
そうなると理解以前に、数式をさわれなくなるからお手上げも仕方ない。
幸い数学は同じような数式は何度も出てくるので、その都度どついて直せる。
1回や2回で直るものではないところがむつかしい。
誰でも「10分で」直せないかと願う。
そこに付け込まれて、ほとんど詐欺といえる商売につかまってしまう。
わからなさの強弱は様々で、マニュアル化などできないし、
その都度生徒と共に考え直すもので、時間はかかる。
中にはついに直せない子もいるが、たいていは三ヶ月・半年、
1年で別人のように数学がわかるようになる。演算ができるから。
私がやっているのはそういうことで、そういう子は教室にごろごろいる。

そりゃあ譲れない

まず今週中学が、そして来週高校が期末テストに入る。
コロナのごたごたで中学は、範囲はそんなにないんだけどね。
高校はかなり多いですよ。コロナは「あったの?」と思えるくらい。
数Bは平面ベクトルが全部範囲に入るのだが、理系のクラスでも
「ベクトルから急にわからなくなったクラスメートが増えた」という。
まあ毎年のことだけどね。理系でそうだから、ましてや文系となると、
「ほとんどパニック。誰も何もわからない」
半年前は自分もその状態だったが、今では状況判断までできるようになってきた。
クラブもうまくやりくりし、決して休まずこつこつ積み上げてきて、
ベクトルを通して数学が少しわかってきたからだ。
数学自体が見えるようになって、周りの状況も見えるようになった。
ということは、他のほとんどの生徒は、自分の状況すらわからない。
塾へ行っている子もけっこういるはずだけど、これが現実。
毎回黒板での解答を見てその子の問題点を分析し、
どこを直すのか、どう直すのかを常に見つめ、修正していく。
時間はかかるが、半年も経てばこれほどの差になる。
少しずつ進むことに意味がある。それが学びの本来だからだ。
「10分で3年分がわかる」なんて宣伝、信じる人がいるのかな?
だから基本的に授業は休んではならない。ほとんどきちんとやって来る。
時々「クラブの大会だ、冠婚葬祭だ」という時には仕方ない、補講しよう。
けれど・・・うちの授業を休んで他塾の体験に行く・・・というのは何だ?!
意味がわからない。うちは辞めてそちらへ行くのかな?それなら仕方ないけど。
「いや、やめない。その塾は生徒が少なく、見に来てくれと言われて。
 断れない大人の付き合いもあるでしょ!」
どういう付き合いだ?私には意味がわからない。
他の曜日に体験に行くのは自由だけど、うちを休んで体験に行く?
塾に限らずどんな仕事でも「はい、うちは休んでいい」ということがある?
「その理由では絶対に許可できません」
そう言っておいたけど、うちの教室を何だと思っているのだろう?
それでうちを辞めるなら仕方ないし、そういうのはすぐに忘れて、
さあ、今日の授業も全力で進んでいこう。
プロフィール

河原

Author:河原
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR