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育てるのは難しい

カンナ達の後輩で、高校には1番で入ったという子がいた。
「阪大へ行きたい」というのでうちの教室を紹介し、2回ほど体験に来たっけ。
その子が1年の10月くらいの話だが、ビデオ塾へは通っていて、
うちで週2回はきついからと、結局通ってはこなかった。
ま、しょうがないね、ビデオ塾で高校に1番で入ったんだから、続けて通えばいいだろう。
そういう一般の塾って、たいていコースが決まっている。
産大・龍大コース、難関私大、中堅国立大、難関国立大コース。
それの何が違うって、大雑把にはやらされるプリント量が違うだけだ。
中堅私立を10枚とすれば、難関私立は30枚、難関国立は100枚みたいな。
その量によって費用はびっくりするほど高いものになる。
塾は遠慮などしない。枚数はマニュアルだから素人アルバイトができる。
解答・解説はビデオを見せればいい。専門講師などいなくていい。
まあ、マニュアルでできることって、そういうことだけどね。
けれど・・・そこで誰も考えないのかな?
毎週100枚のプリントがこなせる子って、放っておいても国立へ行きますよ。
少なくともうちには、そんなことのできる子は一人も来ない。
そう言うことが自分でできるようになれと、ゆっくり育てるだけだ。
しかし・・・「育てること」はマニュアル化できない。だからどの塾もやらない。
阪大は難関国立だから、その後輩もうちに通う暇はなく、
2年へ上がるときにクラブもやめてしまった。
もう一人同級生の後輩がいて、塾へも行かずクラブを続けたが、
3年になるころから勉強がわからなくなり、数か月の不登校が続いた。
なんとか復学し、中堅私立は無理だが、行ける大学へ進んだと連絡が来たという。
「クラブをやめたあの子も、同じ大学なんですよね」
これにはカンナ達は度肝を抜かれた。
阪大へ行きたいとクラブもやめ、高い金を払って塾へ通い続けたんだろ?
受験失敗は普通だけど、そういう子って滑り止めは同志社・立命じゃないの?
まさにカンナがそうだったのだが、そういう子も実はいっぱいいるんだ。
私は40年近くそういう子を掃いて捨てるほど見続け、
他塾の子とはいえ、悲しい想いを繰り返してきた。
その子は・・・うちへ来ていたって、同じことになっていたかもしれない。
しかし私は育てようとして修正するし、カンナやジュンと同じくらいにはなったと思う。
そういう子をいっぱい見てきたから、時々こうして警鐘を鳴らすのだが、
セールストークに簡単に負かされ、なかなか一般には伝わらない。

長雨にうんざり

空に、よくもまあこれだけ水があるもんだ、と思うくらいに雨が続く。
これだけ降り続く梅雨は、最近あまり記憶にないね。
というか、子供の頃に「雨ばかりだなあ」と思って以来かも。
最近は空梅雨の記憶が多いもんね。
主婦は洗濯物が乾かなくて大変だろうな。乾燥機なんてうちにはないし。
卓球も大変。台が湿る・・・というより濡れた状態になる。
雑巾でなるべくふき取るんだけど、打つボールがすとんと落ちる。
ラバーの表面にも水分がついてボールが引っ掛からなくなるんだ。
傘をさして道を歩くのも面倒だし、生徒も嫌になってるだろうなあ。
自転車通学の高校生は合羽を着るんだろうけど、それでも濡れるだろうし、
この時期だと暑いしで、汗もかくからずぶぬれだろう。
連日咲くゴーヤの雌花はどうしてくれるんだい。雨の中だと受粉できないぜ。
受粉できないと実にならないんだからね。梅雨も少し反省しろよな。
雨に打たれすぎるからか、下の方の葉っぱは黄色くなって枯れていくし。
しかし、ま、梅雨も今週いっぱいかな?澄んだ青空が恋しいぞ。
少し明るくなってきた。やみ間があれば、雌花に受粉しに行こう。

慰労の会

土曜卓球サークル「宇治ウインズ」は、私一人で運営できるものではない。
裏方として支えてくださる3家族の方々に大きく支えられている。
さらに大学生となった先輩たちは、時々練習にやってきてくれて、
ま、彼らにすれば運動不足解消なのだが、後輩たちの面倒を見てくれる。
感謝を込めて、初めてランチ会に招待した。総勢14名。
会場は焼き肉キングの食べ放題コース。
親の世代を考えると食べ放題はメリットが少ないのだが、
半数以上が10代なのでこの方がいいだろう。ここの肉はかなりおいしく、お得感がある。
キングカルビ、厚切りカルビステーキなど、普段食べない肉を食べまくる。
最後のデザートは種類も多くおいしいのだが、一つ一つの量は少なく、
皆「別腹だから」と5個くらい平気で食べる。
たくさん話もできて、大満足。年に1度くらいはまたやりたい。
5時半からはキノシタ姉妹との飲み会。
大学に戻って教育学を深めているので、同じ大学のジュンも誘う。
妹もかつての卒業生で阪大卒だから、後輩の真子も参加。
木幡の居酒屋へ行くと、やっていない。コロナでつぶれたようだ。
仕方なく真子の提案で六地蔵の韓国料理居酒屋まで歩いた。
ここも大正解。
チジミは表面がパリッとしていておいしく、鳥を丸ごと40分煮込む料理が最高。
マッコリや竹炭でろ過する焼酎がとてもうまい。
ジュンはまだ未成年なのでレモンジュースだが、
キノシタ妹は表情も変えず、ビールや焼酎を何杯も飲む。
康太と同級生でラインつながりだが、どちらも大酒飲みは同じだ。
「先生と飲んでるで、あんたはおらんのか?」康太にメールすると
すぐに「そりゃおらんわなあ」返信が来た。
薬の相談販売の仕事をしていて、真子との話が盛り上がる。
キノシタとジュンは1つだけだが同じ講義を受けていたことがわかった。
ジュンは積極的に話をして、将来の参考にすればいい。
8時にお開き。素晴らしく楽しい1日だった。
楽しいファミリーに、乾杯♪

普通の塾

「普通」ってどういうことだろう。7割以上の人がそう思うことを言うのかな?
けれどいつからか「自分が普通と思えば、普通だ」という人が増えたようだ。
だから明らかに普通じゃないことを普通だと言い張り、
世の中を困惑させるようなニュースは連日報道されている。
塾はどうだろうか?
昔の寺子屋や、松下村塾など有名塾も含めて、
昔の塾は「育てる」「生き方を問う」ものだった。
いまは・・・そういう塾はほとんどない。「サポート」ばかりになった。
けれどサポートって・・・・何をサポートするかが問題。
今は定期テストや受験を少しでも有利にしようというサポートばかり。
それが「普通」になっている。
それも確かにサポートだけど、その子の「その後」のサポートになってるのかな?
それで有名高校、有名大学へ進んだ子のその後を見てみると、
私の感覚では8割がボロボロになり、人生を見失う結果になっている。
それを普通とかサポートというのかな?
私は定期テストのサポートは全くせず「自分でやれ」と言っている。
受験のサポートも、直前のほんの一時期だけだ。
できればそれも生徒本人が、自分でできるようになることを目指している。
私はそんなうちの塾を「普通の塾だ」と言い張る。
まあ、世間を困惑させることはないと思うが、変な奴・・・かもしれない。

それでも考えさせる

本の表紙
以前に私が教室でやらせている問題を高校教師に見てもらったことがある。
「玄人好み過ぎる」 一刀両断にされた。
そんなこと教えてもどうせできないし、基礎演算だけにしないと
テストの点数も10点くらいになってしまう。現場ではとてもできないということだ。
生徒は授業も聞かず携帯ゲームをし、取り上げても、今度は寝る。
放課後に携帯を返してもらって帰っていくだけ。
そんな生徒でもテスト前は補習塾で予想問題を出してもらい、
いくつかを丸暗記して及第点を取り、進級、卒業していく。
なんとかしよう、どうすればいいのか、という姿勢はそこにはない。
そういうサイクルが私には気に食わない。
修正しようという姿勢を育てなければ、どんな教材もむなしいだけだ。
二次不等式は高1最大の山場。寝る生徒が増えてしまうところだ。
形だけの基本問題だけならすぐに終わるが、教室では
そこから図を描いて眺め、考えなくてはならない問題に踏み込む。
それが「玄人好み」と言われた部分だ。
二次関数全体を把握しないと答えられない問題だから、
何度も振り返らせ、何度も説明し、何度も言葉にさせ、
最後は「おどれ!なにしてんねん!」だ。
フミとマヒロは理論を正確にとらえ始めている。
中学と高校の、勉強の質の違いも実感でき始めたようだ。
オウタとコウスケはその二人に比べると、まだ少し時間はかかるが、
何度も理論を振り返り、図を見つめ直し、正解へと修正してゆく。
どの子も中学時代にはそれができなかったし、そういう作業があることもわからなかった。
今ようやくその作業に気づき、踏み込もうとしている。
「全然なっとらん、何じゃワレ!」
私もさらに踏み込んで、何度も繰り返す。汗と血にまみれる授業だ。
それだけの血と汗を、2年も経てば一般の生徒や世間は、
「どうせあいつらは、元からできたんだろう」というのだけど・・・

うれしいメール

コンピュータが壊れたりして以前のものはなくなっているけれど、
このブログを書き始めて30年に近くなっている。
当初は誰でも読めるということもわかっておらず、
子供の様子や連絡事項を親に伝えるためだけに書き始めた。
書く内容は・・・年齢と共に変わっていったと思う。
30代では自分の主張ばかりを書いていた。
そのほうが受けはいいのか、流行だったのか、毎日100人以上が読んでくれた。
50代になるころから「なぜ数学か?」を考えるようになったんだな。
当初からそれは考えていたけれど、経験を積んで深くなっていった。
勉強は、子供を大人に育てるためにさせるものだ。
それは大仕事で、とてもじゃないけど18歳で完成するものではない。
人生を踏み外さず歩んでいく基本フォームを創るだけで精一杯だ。
そういうことを皆が忘れ、資格を取るための、短期の暗記と思っている。
それはおかしいでしょ?ということばかりを書くようになった。
正直に教育現場のことを書くのは、たぶん、塾の宣伝にはならない。
点数?自分で取ってください。進学?さあ、どうなるんでしょうねえ?
そんなことばかり書くから、今では関係者だけが読んでくれてるみたいだ。
それでも昨日、一通のメールが届いた。
「ブログを読ませてもらい、小学生の娘を見てもらいたく思います」
こういうメールが一番うれしい。
ホームページを見て、ブログも読んでいただき、私の考えを知ったうえで連絡くださる。
こういう方だけに来てもらいたいくらいにうれしい。
こういう方が現れるだけでも、ブログを書き続ける価値がある。
私を元気にし、勇気づけてくださるメールだ。
それに応えられるように、今日も頑張ろう。

基礎技術も

本と私
学びは基本的に内容理解へ向かわねばならないが、そのためには基礎技術もいる。
高校生になって数学がわからなくなる子はあふれかえるのだが、
その子たちはすでに小・中学からつまづいている。気づかなかっただけだ。
そういう子を黒板につかせて見てみると、まず、分数・小数がさわれない。
本当に分数が足せなくなったりするんですよ。
さらに、同じ数をいくつもかける「累乗」は、わかる子の方が少ない。
そうなると理解以前に、数式をさわれなくなるからお手上げも仕方ない。
幸い数学は同じような数式は何度も出てくるので、その都度どついて直せる。
1回や2回で直るものではないところがむつかしい。
誰でも「10分で」直せないかと願う。
そこに付け込まれて、ほとんど詐欺といえる商売につかまってしまう。
わからなさの強弱は様々で、マニュアル化などできないし、
その都度生徒と共に考え直すもので、時間はかかる。
中にはついに直せない子もいるが、たいていは三ヶ月・半年、
1年で別人のように数学がわかるようになる。演算ができるから。
私がやっているのはそういうことで、そういう子は教室にごろごろいる。

そりゃあ譲れない

まず今週中学が、そして来週高校が期末テストに入る。
コロナのごたごたで中学は、範囲はそんなにないんだけどね。
高校はかなり多いですよ。コロナは「あったの?」と思えるくらい。
数Bは平面ベクトルが全部範囲に入るのだが、理系のクラスでも
「ベクトルから急にわからなくなったクラスメートが増えた」という。
まあ毎年のことだけどね。理系でそうだから、ましてや文系となると、
「ほとんどパニック。誰も何もわからない」
半年前は自分もその状態だったが、今では状況判断までできるようになってきた。
クラブもうまくやりくりし、決して休まずこつこつ積み上げてきて、
ベクトルを通して数学が少しわかってきたからだ。
数学自体が見えるようになって、周りの状況も見えるようになった。
ということは、他のほとんどの生徒は、自分の状況すらわからない。
塾へ行っている子もけっこういるはずだけど、これが現実。
毎回黒板での解答を見てその子の問題点を分析し、
どこを直すのか、どう直すのかを常に見つめ、修正していく。
時間はかかるが、半年も経てばこれほどの差になる。
少しずつ進むことに意味がある。それが学びの本来だからだ。
「10分で3年分がわかる」なんて宣伝、信じる人がいるのかな?
だから基本的に授業は休んではならない。ほとんどきちんとやって来る。
時々「クラブの大会だ、冠婚葬祭だ」という時には仕方ない、補講しよう。
けれど・・・うちの授業を休んで他塾の体験に行く・・・というのは何だ?!
意味がわからない。うちは辞めてそちらへ行くのかな?それなら仕方ないけど。
「いや、やめない。その塾は生徒が少なく、見に来てくれと言われて。
 断れない大人の付き合いもあるでしょ!」
どういう付き合いだ?私には意味がわからない。
他の曜日に体験に行くのは自由だけど、うちを休んで体験に行く?
塾に限らずどんな仕事でも「はい、うちは休んでいい」ということがある?
「その理由では絶対に許可できません」
そう言っておいたけど、うちの教室を何だと思っているのだろう?
それでうちを辞めるなら仕方ないし、そういうのはすぐに忘れて、
さあ、今日の授業も全力で進んでいこう。

空振り ②

「若さはバカさと同じ」。昔どこかで聞いた言葉だ。
人生経験がないのだから物事や世の中をまだ知らないという意味ではそう言える。
私が生徒を叱るのは、彼らの中にかつての私の姿を見るときだ。
自分の力のなさを知らないから根拠のない、意味のない自信だけは持ち、
思い描く力もないので、まるで夢のような意味不明の理想らしきものを持つ。
その理想の内容は自分でもわからず、どう準備して、どう迫るのかの方法も知らず、
そのくせ「俺は、俺は、特別なんだ、なぜまわりは認めない」などと思っていた。
勉強はした。点取りのための、答えを暗記するだけの勉強を。
そういう勉強に、かすかに違和感を感じていたが、その正体はわからず、
修正する方法もわからないし、修正する勇気もなかった。
ただ、一つだけよかったのは、高校時代に「俺はバカなんだ」と気づいたことだ。
だからそんな方向性のない勉強でも、コツコツとは続けていた。
今思えばそこに私の、学びの原型フォームが創り上げられていたのだろう。
しかし方向性は点取りのままだったから、大学でも社会でもさんざん叩かれ、
ようやく方向性の違いに気づいたのは30歳になるころだった。
そう、現場監督から今の仕事に方向転換したころだ。
ずいぶんと回り道が長かった。
そんなに長すぎる回り道をしないよう、生徒の中にかつての私を見ると、
『俺のようにはなるな』と叱ってしまうのだ。「学びの方向性はこうだ」と。
人生の中で、学びは生涯続くことも知った。かつては高校で終わりと思っていたのに。
そのことも伝えようとしている。
方向性を知るのが遅すぎたために私はいまだに賢くはなれず、
今でも試行錯誤を繰り返しているが、そのご褒美はある。
卓球の練習と、この教室という「楽園」を手に入れた。
私は賢くないが、生徒をずいぶん賢くできたと思うし、私のフォームは
康太や真子にも受け継がれた。
もう、私の100倍も賢く、康太は社会に必要とされ、
望み得る最高の研究人生を歩み始めている。今の塾生もそうなってもらいたい。
まずは空振りに終わった大量のプリントで高1に、
「オラオラ、どうじゃ!もっと勉強せんかい!」と、しごいてやろう。

空振り ①

ニュートンが発見した万有引力の式は簡単な式だが、
その式の計算通りに宇宙は動き、ロケットも飛んでいく。
しかし引力そのものを見た人はいないし、なぜその式の通りになるか
わかる人もいない。
だから引力に迫ろうとたくさんのベクトル、矢印で図にしたり、
電圧みたいな山と谷のようなひずみで絵にしたりする。
見たこともない、わかりもしないことをわかろうと抽象化するのだ。
中学まではほとんどそういうことはしないが、高校からはその準備が始まる。
もう単純暗記だけでは何もできず、抽象化に迫る勉強となる。
2次方程式の解の条件も、グラフがどうなるかとのセットで理解しなければならない。
そこで重要になるのが「言語化」だ。
まずは言葉で抽象化し、整理しなければ、なかなか理解しづらくなる。
繰り返し読み、コツコツ図も書かないと、表現を変えるだけで同じことでもわからなくなる。
だから高1は慎重に、何度も繰り返し、ノートやプリントに書かせてきた。
ずいぶんできるようになった。三ヶ月前とは別人のようだ。
よし、そろそろまとめさせて、2次不等式へ進もう。
高1の最難関で、半分以上が脱落していくところだ。
金曜の授業を終えてから土・日と、授業計画を立て、
問題ごとのポイントを整理させるプリントも大量に用意した。
さて前回のまとめで、表現を変えただけの、中身は同じ問題をやらせた。
二人は・・・1週間でとてもよくノートを読み返したのだろう、
まだまだ不慣れではあっても、要点を整理し解いて行けた。
しかし二人が・・・あわててノートを今読み返し、今振り返ろうとする。
要点整理、抽象化が何もできていない。これではまた同じ授業をしなくてはならない。
「そんなことは家でやっておくのが、高校生の当り前じゃないのか!」
どの学年でもしょっちゅうそういうことはあるのだが、
私もそれに慣れてはいても、時には激怒する。
「おのれ、ドアホウ!」
今の教育でこう言うと、こちらの首が飛ぶ。だから誰も叱らない。
抽象化などしない、ただ数字だけの式で、公式に入れるだけの問題をやらせ、
「はい、よくできました」という授業をしたって、生徒や親にすらわからない。
それだけをいくらやっても高校以上の内容ではなく、何の役にも立たないが、
誰にもそのことがわからないので、生徒のご機嫌を取る授業で済ませてしまう。
塾でやってることも、結局はそれですよ。
その場を穏やかに過ぎればそれでよく、数年後それは何の役にも立たず、
ひいてはまともな職に就くのも難しくなることはわかってはいるけど、
そんな先のことなど知ったことではない。それが塾の実態だが、誰にもわからない。
私は言う。「それでいいのか、おのれは!」
大量のプリントは金曜に持ち越しになったが、ここはきつく叱っておかなくてはならない。
なぜ叱るのか、続きは明日だ。
プロフィール

河原

Author:河原
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