FC2ブログ

いざ決戦

どのクラスも次学年の内容に入り始めている。
中1は2年生の、少し高度になった文字式の扱い。
ミナト・キョウヘイ二人の勉強に取り組む姿勢がとてもよくなっている。
トモヨは変に慣れて手を抜いているから少し叱っておいた。
中2は確率論の終盤。
問題ごとに、ちょっとした言葉の違いでも設定が変わるややこしい単元。
この単元で「自分とどう向き合うのか」という話ばかりしていたが、
皆その意味がわかってきたようだ。確信をもって問題を処理でき始めた。
特にアキは顔つきも目線・身のこなしも格段に良くなり始めている。
お調子者で勉強が苦手なガキだったが、一気に青年に近づいたようだ。
これほど確実に問題を処理できるのは、たぶん生まれて初めてのはずだ。
2月からは3年内容に入ろう。もう、自問自答できる大人への作業を進めよう。
模試データが遅れている中3だが、もちろん問題はない。
特にカホの能力が伸びているだろうか。一か月後の前期試験が楽しみ。
抜ける子は抜けてグンと理解が進んだ高1。来週からはベクトルにも入ろう。
高みを目指すのは確かにしんどいこともある。大人になる作業だから。
立ち止まる一般の高校生には悪いが、確実に前へ進もう。
高2はすでに仕上がっているといっていい。
得点能力差はもちろんあるが、大人度はほとんど同じ。
自分への問いかけに深さを加えてゆけば、大学は入れるもので、
合格自体は大したことではない。その後が楽しみだ。
そして・・・すべてを過ごしてきた高3は明日からセンターテスト。
もう、やれることはすべてやった。昨日は3人で笑いながら話をしていた。
卓球で鍛えた体力があるし、風邪もひいていない。テストを楽しんでこよう。
初日は文系教科で、2日目が数学・理科のはずだ。
私がしてやれることはないから授業準備を進めて気を紛らわせよう。
夜には真子が帰ってくる。どんな留学だったのだろう?
赤唐辛子と海苔を土産に持って帰るはずだから、食べながら話を聞こう。
日曜は3人団体。
ミユ・レイナ・マユの中学生、ミツキ・ユイカ・ナナミの小学生チームが出る。
どちらも強いぞ。京都の中学生でもそんなに勝つチームはない。
けれど「そんなに」のチームも二つでてくる。これが楽しみ。
どこまで自分が強くなれたのか・・・卓球も勉強も、決戦の時を迎えた。

重苦しい時

ジュンが真っ先にやってきてフリースペースに座り込む。
すぐにユウカも学校から帰ってきた。コウスケ、モエもやって来る。
4人とも授業はない。ただ、自分の学ぶ姿勢を自分に問うている。
こうなるまでにはずいぶん叱ってきた。私が叱るのは2つだ。
嘘をつけば小・中・高の関係なく激しく叱る。それを黙っていては、いいことは何もない。
もう一つは勉強をさぼるとき。
これは小学生には軽く叱り、中学生には少しきつく叱り、高校生には烈火のごとく叱る。
親に金まで出してもらっているのに頑張らず、なんとも思わなければ、
そこに学ぶ姿勢などでき上らないからだ。高校生は骨身に染みなくてはならない。
4人とも嘘をつくことはなかったが、学び方に関しては何度も叱られた。
モエなんか1年間ほど毎回泣きながら帰ったのではなかったか。
しかしもうこの4人を私が叱ることはほとんどない。
自分で自分を叱れるからだ。それが自分への問いかけだ。
4人の姿は私をほっとさせてくれるが、時々は逃げ出すやつもいる。
「塾へ来てやってるのに、なんで叱られなきゃいけないんだ」とばかりにやめていく。
そこは私は絶対に引かないのだが、落ち込みはする。
もっとうまく諭すことはできなかったんだろうかと、布団の中で泣く。
「塾なんかやめてしまおう、俺みたいなろくでなしに務まる仕事じゃねえ」
そんな思いは30数年で、百万回も繰り返した。
そんな私を引き留めてくれるのが、フリースペースに学ぶ生徒たちの姿だ。
私が帰るときもジュンは一人残っている。
センターテスト目前だからさっさと帰って寝ればいいのに、
家へ帰っても不安と焦りで身の置き所がないんだろう。
空気の重苦しさにはじっと耐えるしかない。
明日には真子が帰国し、日曜には卓球の試合がある。
真子には山ほどの話を聞き、試合では大いに盛り上がろう。
重苦しさをずいぶん和らげてくれることだろう。

サービス過剰

「トヨタは車屋でなくなると聞いている」
そんなCMを見かけるが、車の性能は行きつくとこまで行ってしまって、
もうイメージを売るしかなくなったとは、ずいぶん前から聞いている。
良くも悪くも情報があふれかえって、我々は何を見ればいいのかわからなくなっている。
教育もとっくにイメージ化になっていて、素早く、簡単に成績を上げて、
高校や大学の「入学」という「資格」を得ればいいものになった。
けれど・・・現実はどうだ?
「いい大学」を出たはずの新人が「全く使いものにならない」
なんて話はちまたに、これまたあふれかえっている。
数学の公式を知っている、英単語をいくつか覚えたなんて、
それ自体は社会で通用しないことは誰でも知っているのに、なんでそうなるんだろう?
教育の中身、その意味がわからなくなったからだろうね。
高校までの教育に「あがり」などないし、なにかが完成もしない。
あくまで「基本フォーム」を身に付けるだけだ。
基本フォームってなんだ?
よくわからないものを、どうやれば少しはわかるようになるのか、
そのために1日の過ごし方はどうすればいいのか、
自分はこの勉強にどれだけ時間をかけないといけないのか・・・
そういうことを学ぶことが基本フォームだ。
しかし・・・そういうことがわかる生徒も大人も、ずいぶん減ったかね?
フリースペースには毎日、授業もないのに黙々と勉強する生徒がいる。
それを見ればすぐに教育の意味なんか・・・・それでもわからないか?
何しろ過剰サービスの時代だから、そういう姿って「ダサイ」のかな?
けれどそれを「ダサイ」と思う生徒の数年後がどうなるのか、
生徒本人はわからなくても、大人はわかるんですよ。
そうはならないようにうちの教室は中身のない過剰サービスなど一切せず、
本物だけを提供するだけだ。

送り出す

高3のセンター対策が終了し、この土・日が試験。
来週月曜には自己採点し、志望校を決定する。
大学や学部によってもセンターと2次の採点比率は違うが、
ジュンたち教育系はセンター比率が圧倒的に高く、
カンナの経済系ではセンターと2次が半々の比率になっている。
これはセンターで「失敗」すると「志望校を下げる」または「受けられない」
ということになるので、最初の試験でもあり、生徒は2次よりも緊張する。
それまで「びびる」という感覚すら知らなかったような奴がびびるし、
康太でも吐き気がして座薬を入れて出て行ったものだ。
そういうことを知っているからカンナ達も普段から厳しく鍛えてきた。
卓球でも近畿大会レベルなので練習が大変だが、妥協は許さなかった。
そうでないとそのプレッシャーに押しつぶされることを、生徒は知らないのだから。
ギリギリまでやれることはやらせ、もうこれ以上はできなかったところまでやらせるのに、
送り出すときの気持ちは・・・懺悔、後悔、申し訳なさ、自己嫌悪などしかない。
もう少しあれを・・・これも・・・こういう問題にもっと時間を割いてやれれば・・・
そういう想いだけが渦巻いて、どこかへ逃げ出したくなる。
生徒が受ける以上のプレッシャーに、先に教師は押しつぶされてしまう。
代わりに受けてやることはできないし、してやれることもなく、
これからさらに伸びることもないし、できることは体調管理だけだ。
早く寝て朝型にしておきたいが、誰でも経験するように、
緊張でなかなか寝付けるものではない。
そういうものだから「布団に入って目をつむり、じっとしているだけでいい」
そうアドバイスする。
そんなアドバイスしかしてやれない・・・そこでもまた自己嫌悪の気持ちが・・・
何十年やってきてもそんな様子は変わらない。
うつろになりそうな気持をかろうじて支えながら、祈るばかり。

成人式

マグロや貝を食べたくなって女房と回転ずしへ。マグロフェアをやってるんだ。
順番を待っていると、支払いのところでにっこり笑う人が。
おやあ?古い卓球仲間じゃないか。子供たちも教室に来てくれたんだ。
多少老けたけど、表情は昔のままだ。ずいぶん会ってなかった。
自分の母と食べに来たそうだが、お母さんは93歳。
しっかりと普通に歩いている。すごい、こうありたいねえ。
「子供たちは皆元気?」
子供たちと言っても当時の中学生たちは所帯を持ち、子供もいる。
「次女の子供は成人式に・・・」
・・・軽くめまいを覚えた。あの、中学生だった子の子供がねえ・・・
ケイジやアキトも式に出るため高知から帰ってくるけど、
孫みたいなのがあいつらと同級生だったんだ。
どの子も大人にしようと懸命に育ててきたが、もう次の世代が出てきている。
意識してなかったけれど、私にやれることはやりつくした気もしてきた。

大人に育てる

幼児というのは欲望のままに、本能だけで生きている。
それは仕方ないのだが、歳をとってもそのままでは困る。
まあ・・・ニュースでは目も耳も疑うような「歳取った幼児」が事件を起こすけれど。
これもある程度は仕方がない。
世の中は急速に便利になったが、便利になると人は工夫を忘れるものだ。
スマホで何でもできてしまうと、根拠のない「全能感」を持つものなのだろう。
だから林先生がうんざりしながらも対峙した有名大卒ニートも、
「大学へ行ってやったんだから、何で年180日で年収5000万の仕事がないんだ?」
だから働かないでニートを続けているらしい。幼児のままで、本当のアホだ。
うちの生徒はそうさせたくない。1年・2年の年始の授業は説教から入った。
2週間の冬休みで遊ぶだけで、基本すら忘れている奴もいたからだ。
昔は「やれやれ仕方ないなあ」と、一からやり直すこともあったが、今は違う。
何のために数学なんかやってんだ?大人になるためだぞ。
大人ってなんだ?準備できるということだぜ。考えようとすることだぜ。
正月三が日、餅食ってよく遊んだなあ。そう言えば塾もある、宿題あったっけ?
せめてそれくらいできるようにするために、数学を使って練習するんだ。
それができないで誰かにプリントでも出してもらって、
傾向と対策でテストで点が取れても、それは意味がない。大人じゃないからだ。
こんな説教するのはうちしかないから、聞きたくなかったらよそへ行け。
そうすれば気分はいいだろう、幼児のままだけどな。
お前らも今年15歳になる。侍の時代なら立派な大人だ。
歳だけでなく、急に大人にもなれないけれど、少なくともそれを考え始めろ。
誰もがいつまでも幼児のままでは、社会を作れないんだからな。
最近の番組やニュースでイライラしていたから、1時間もそんな説教だった。
あ~あ、それが私の愚痴であることは・・・私にもわかるけれどね。

できばえ点

6年ぶりに京大文系の赤本を買った。6年分の数学問題を見ることができる。
最近はセンター対策の問題ばかり解いていて、うんざりしていたんだ。
どれどれ解き始めてみると・・・楽しい!やっぱり楽しいよ!例えば
「少なくとも2つの角が90度の四角形が、半径1の円に外接するとき、
 その四角形の面積の最小値を求めよ」
こういうのって正三角形とか正方形とか、対称性を持った
きれいな図形になることは経験で知っている。
だからこの場合一辺2の正方形だから、最小面積はきっと4だ。
しかし「きっと4」と書いても採点にならないから、論述しなくてはならない。
さ~て、どう論述しようか・・・それを考える瞬間がたまらなくおもしろい。
図形的にはほとんど中学数学なんだけど、これを論述できる高校生は、ほとんどいない。
こういうシンプルで思考力を問う問題が、京大はずば抜けてうまい。
これは一夜漬けで中間テストを乗り切るだけとか、国語なんて
意思疎通ができればいいだけで、文章はいらないという生徒には、
逆立ちしたって論述できないし、何より、その楽しさがわからない。
「どの公式か」ではなく「どうとらえるか」が問われているんだもの。
では、高校で公式を覚える授業はいらないかと言うと・・・そうではない。
結果としての公式だけを丸暗記しようとする生徒の方が悪い。
なぜそれを公式にできるかの構造をとらえることが数学だから。
しかも一度覚えればいいのではなく、フィギアスケートのように、
「できばえ点」を磨かなくてはならない。
それを磨かないと紀平選手のような美しいトリプルアクセルは飛べないし、
この問題の論述もできない。繰り返し構造を理解する中で見えてくるものだから。
そういう学びかたを覚えるのが高校までの勉強だといっていい。
完成などしないし、しなくていい。それを続ければ、いつかは見えるようになる。
何も見えなかった私でも、30年も続ければ見えるようになったもの。
懸命に磨こうとすれば高校生でも見え始めてくる。
トウヤとヒデヒトにこの問題を見せると、まだ論述などできないが、
「面白そう」ということは感じていたもの。
こういう生徒を私は育てたい。
幼稚な価値判断で、最小努力だけで、勉強とも言えない勉強だとも知らず、
合格だけ得られればいいというような生徒には、もう関わろうとは思わない。

中3は順調

「冬休みの間に、全部復習しとけよ」
冬期講習の最後に言っておいたが、3人とも真面目にこなしていたようだ。
タケルは中学内容をすべて理解、整理できているし、
カホとコウスケは複雑な図形にまだ戸惑うところがあるとはいえ、
基本事項はしっかり覚えられ、計算速度が速くなった。
あとの課題としては、50分とか40分の制限時間内にどこまで解けるかだが、
前期試験までまだ一ヶ月あるし、十分調整できるだろう。
府立高校なら近所へ行けばいいと思っているが、少し変化している。
偏差値の1点や2点は「差がない」と言っていいが、
堀川・嵯峨野・桃山自然科学などはすごく差がある。
高校や教師には差がないが、集まる生徒に差がある。
さほど無理せず行けるのであれば、そういうとこへ行けばいいと考えるようになった。
もちろん「塾で、丸暗記で」という、さほど賢くもない生徒も多いが、
本当の意味で賢い生徒も20~30人は集まるからだ。
そういう子と触れ合えば、進路や将来などでいい話もできるだろう。
勉強するのはどこも同じだが、環境の違いも大きいだろう。
そういうところへ行けるならそれでいいし、行けないなら行けないで、
それなら地元の高校でいい。そこで本当の勉強をすればいいんだから。
カホとコウスケには「中期だけにすれば?」とも言っておいたが、
しっかりと前期を受けるようだ。
受かれば早く終わるし、ダメでも中期なら絶対に大丈夫。
もう、入試というより、入学後のために、きちんと勉強させよう。

カウントダウン

センターテストまであと2週間を切った。授業もあと1回を残すのみ。
昔からだが中堅高校の特に文系の子には、「センターの数学は10点」と見積もる子が多い。
それで20点、30点でも取れると「もうけた」感があるからだという。
まあそれもわからなくはないけど、それで合格できる大学は限られてしまう。
カンナとジュンの目標は9割、180点だ。
取れなくはない・・・だけど、あくまで「取れそう」のあたり。
これが理系の子のように「失敗しても9割」と行きたいところだが、
文系でもあるし、これで精一杯か。よく頑張っているんだもの。
冬期講習を含めてマーク練習は十分にした。
来週も最後までそれはやるけれど、ずいぶん正解するから、
その復習だけではすぐに終わって勘が鈍るかもしれない。
毎日少しずつ問題をさわるという一定ペースで過ごすのがいい。
それでマミにやらせた、少し程度の高い私立大文系の数学を4回分持たせる。
1時間ほどもやれば1回分は終わるはずだから、それほど負担にはならない。
7科目も勉強しないといけないから、数学ばかりとはいかないからね。
軽くセンター以外の問題で思考力を整えておく。それが大切。
3人とも思い詰めるタイプでないのは助かっている
「いつも明るい」という芸能人並みに明るい。
もう、静かに見守るだけしかしてやれない。

充実の今が一番幸せ

学生時代の康太は物理学に専念し修行を繰り返していた。
その立場は社会人となった今も何も変わらないが、研究の幅が広がっている。
物理学だけでなく、化学者も同時に研究する。部材のモニターを見ながら、
「この配列をこうしたいのですが、どういう化学反応になるのか、
 どう確認するのか、よくわかりません」
「ははあ、どうなるかはわからないけど、化学で実験はできますよ。
 それはやれるけど、こういう時の強度なんてどうやるの?」
「あ、それならすぐに僕らで実験できます」
そういう複合的に進めることは学生時代にはほとんどなく、
康太にとっては楽しくて仕方がない。
真子の留学の講義は基本英語で行われるのだが、それは初級の場合で、
上級ハングルはさすがに韓国語で講義されるようだ。
今の韓国語に漢字はなくなってしまったが、特に学者は漢字も知っている。
漢字は表意文字で、見ればその意味がわかりやすい。
真子は独学しているときから漢字変換をよくやっており、
それができない欧米の学生より圧倒的にアドバンテージを握っていて、
上級の講義の方がわかりやすく、これも楽しくて仕方ない。
二人ともどこまでも楽しいのは、そういう学びのフォームを身に付けているからだ。
まあ、進んだ大学も大学だが、いくらいい大学に進もうとも、
学びのフォームが身についていなければ、その楽しみは少ないだろう。
「楽して、いい収入の仕事をするために大学に入ったんだ」
そういう「ニート」たちがテレビ番組に出ていたが、それは最初から
ボタンの掛け違いをしているように思える。
掛け違えをせずに真子も康太も充実した日々を送る今が、一番幸せの時。
どの子にもそうさせたくて、最初のボタンのかけ方を、今日も授業しよう。
プロフィール

河原

Author:河原
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR